東京地方裁判所 昭和41年(ワ)6102号 判決
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〔判決理由〕一、(事故の発生)
原告主張の日時場所で、訴外斎藤幸男の運転する被告車が訴外田中みやに接触し、そのため同女が死亡したことは当事者間に争いがなく、原告田中保平本人尋問の結果によれば、右死亡日時は翌一三日午前二時頃であることが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
二、(被告の責任)
被告車が被告の所有であることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、事故当日訴外斎藤は友人の訴外茂木作栄、同江口某と誘い合つてドライブに行くことになり、右訴外茂木が友人の被告から一時間位ということで被告車を借受け、三人で羽田までドライブし、その帰途の途中から訴外斎藤が訴外茂木に替つて運転中本件事故を惹起したものであることが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
そうだとするならば、右事故時においてもなお被告の被告車に対する支配は失われておらず、したがつて被告は被告車の運行供用者として自動車損害賠償法第三条により免責事由の存在が立証されないかぎり右の事故による損害を賠償すべき義務があるものといわざるをえない。
被告は訴外斎藤に運転の権限を与えたことがない旨主張し、その本人尋問において事故前斎藤を全く知らなかつた旨供述するが、仮りに、そうだとしても事故時の運行が右認定のような経緯でなされたものである以上右事実はなんら右論を左右するものではない。
そこで免責事由の存否について判断するに、<証拠>によれば、本件事故現場はいわゆる環状七号線道路と荻窪方面から中野方面に通ずる道路との交差点で、信号機が設置されていること、訴外斎藤は被告車を運転し右環状七号線の第一区分帯を新宿方面から板橋方面に向け時速約六〇粁で進行し、右交差点の手前約一五〇米附近まで至つたところ、右交差点の進行方向の信号が赤から青に変り、そのとき交差点の板橋寄りの横断歩道を左から右すなわち荻窪方面から中野方面に向け、横断中の訴外田中みやを発見したので、速度を五〇粁に減じて進行したところ、右みやが途中から戻り始めたのを認め、次いで被告車が一〇〇米附近まで近付いたときみやは再び横断を始め、第一区分帯の真中を過ぎたあたりまで横断したのを認めたので、そのまま進行を続け、右横断歩道の手前まで至つたとき、右前方に右みやを発見したので直ちに急ブレーキをかけたが問に合わず、右前照灯附近で右みやを跳ねたものであること、訴外斎藤としては右のようにみやの姿を第一区分帯の真中を過ぎたあたりまでは認めていたが、その後はたまたま右横断歩道の手前で停止した対向車輛のライトに眩惑され、みやの姿を見失つたのに拘らずそのまま進行を続けたものであることが、それぞれ認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
右認定事実によれば、信号を無視し、しかも左右の安全を確認しないで道路を横断しようとした亡みやの過失は否定すべくもないが、訴外斎藤としても亡みやの横断を現認しており、しかも途中からその姿を見失つたのであるから減速徐行し、その安全を確認して進行すべき義務があるのにも拘らず、時速約五〇粁のまま漫然進行を続けた点において過失があつたものといわざるをえない。
したがつて、被告主張の免責の抗弁はその余の点について判断するまでもなく理由がないものというべきである。
三、(損害)
そこで損害について判断する。
(一)(亡みやの消極的損害)
<証拠>によれば、亡みやは大正一一年五月二九日生れ、本件事故当時四三才の健康な女子であつたことおよび総理府統計局編昭和三九年版日本統計年鑑によれば、右と同年令の女子平均余命年数は三三・一三年であることが認められるから、亡みやは本件事故にあわなければ、少くともあと一六年間従前同様稼働できたものと推定される。
ところで亡みやの収入について判断するに、<証拠>によれば、原告保平は昭和二七年から現住所地で青果商を営んでいるが、使用人は使わず、専ら原告保平と亡みやの二人で営業に従事し、毎日午前中は原告保平が商品の仕入れに赴くため亡みやがその留守番と客の応待に当り、午後からは二人で仕入品の整理と客の応待に当つていたものであることが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
右事実によれば、亡みやの収入の算定に当つては、原告方の青果商による全収入の少くとも四割は亡みやの労働による収入として計算するのが相当と考えられる。
しかして<証拠>を総合すると、原告方の昭和四〇年度における商品の仕入高は、合計金三、〇一六、七九三円で、その利益率は仕入価の少くとも二割五分を下らないことが認められるから、原告方の昭和四〇年度の営業利益は少くとも、金七五〇、〇〇〇円はあつたものと推定され、右のうち、亡みやの寄与部分は前記のようにその四割とみるのが相当であるから、結局亡みやの年収入は金三〇〇、〇〇〇円となる。
ところで亡みやの生活費であるが、同女の生前の生活費が年額金一五六、〇〇〇円であることは原告らの自陳するところであり、右の額は、原告方の家族数、その構成からみて相当と考えられるから、前記収入から右生活費を控除した金一四四、〇〇〇円が年間純益額というべきである。
よつて前記認定の全稼働期間である一六年間の総純益額は合計金二、三〇四、〇〇〇円となり、右の額からホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を年毎に控除して一時払額を求めると、その額は金一、六六一、二四〇円となる。
しかして本件事故の発生につき亡みやにも過失があつたことは前記認定のとおりであり、これを斟酌すると被告に賠償を命ずべき額は右のうち金一、一〇〇、〇〇〇円が相当と認められる。
<証拠>によると、原告保平は亡みやの夫、その余の原告は亡みやの子で、原告ら以外に相続人のいないことが認められるから、原告保平は右額の三分の一である金三六六、六六七円(円未満四捨五入)、その余の原告はそれぞれ九分の二である金二四四、四四四円宛相続したものというべきである。
(二)(原告保平の消極的損害)
同原告は、亡みやの死亡により必然的に午前中店を閉めなければならず、そのため合計金四七五、二〇〇円の得べかりし利益を失つた旨主張するが、前認定のように亡みやの逸失利益算定に当つては同女の午前中の店番および客の応待という労働対価部分をも評価算定しているのであるから、原告の主張は、二重の評価算定すべきことを求めるもので、主張自体失当というべきである。したがつて右請求は理由がない。
(三)(原告保平の積極的損害)
<証拠略>によると、原告保平は亡みやの死亡によりその葬式、初七日三七日の費用として少くとも合計金一七八、六五〇円を支出したことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
しかし前同様亡みやの過失を斟酌すると、右のうち、被告に賠償を命ずべき額は金一二〇、〇〇〇円が相当と認められる。
(四)(原告らの慰藉料)
原告らが亡みやの死亡により多大の精神的打撃を受けたことは容易に推認されるところであり、本件事故の態様、被告の態度等諸般の事情の他亡みやの過失の程度とを総合勘案するならば、原告らに対する慰藉料額は原告保平が金五〇〇、〇〇〇円、原告みち子が金四〇〇、〇〇〇円、原告裕子、同保三が各三〇〇、〇〇〇円がそれぞれ相当と認められる。
四(保険金の受領)
したがつて原告らの損害賠償債権は原告保平が金九八六、六六七円、原告みち子が金六四四、四四四円、原告裕子、同保三が各金四四、四四四円となるところ、原告らが、自動車損害賠償責任保険金一、〇〇〇、〇〇〇円を受領し、原告保平が金三三三、三三四円、その余の原告らが各金二二二、二二二円宛それぞれの債権に充当したことは原告らの自陳するところであるから、原告らの残債権は原告保平が金六五三、三三三円、原告みち子が金四二二、二二二円、原告裕子、同保三が金三二二、二二二円となる。
五(結論)
以上の次第であるから、原告らの本訴請求中原告保平が金六五三、三三三円、原告みち子が金四二二、二二二円、原告裕子、同保三が各金三二二、二二二円および右各金員に対する履行期日後の昭和四一年七月一二日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから、これを正当として認容し、その余の部分は理由がないから失当として棄却し訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九二条本文第九三条第一項但書、第八九条を、仮執行およびその免脱宣言につき同法第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。(小川昭二郎)